挑発としての文学史 (岩波現代文庫)

岩波書店 / 2001-11-16刊 / ¥1,188
 /¥0
讀了: 2009-00-00 評論・文学研究 ★3箇

[投稿日] 2009-10-29

 新規追加の一篇「受容理論――その知られざる前史を顧みて」も含めて、なぜ「期待の地平」とか受容美學とかいふ新たな提言よりも、文學史史(文學史が過去に研究・著述されてきた歴史)を述べた部分の方が面白くて、ためになるのだらう。さう感ずるのは、何も私が歴史的知識が好きな後ろ向きの人間だからばかりではあるまい。譯註と譯者解説は立派だが、日本の讀者の受容状況では(ましてや日文協流では)空回りだったと思はれるのが惜しい。

本を読むデモクラシー―“読者大衆”の出現 (世界史の鏡 情報)

刀水書房 / 2008-03刊 / ¥1,728
讀了:  人文・思想

[投稿日] 2009-10-29

淺い。さういふ讀者設定なのか?
 フランスで瓦版に當るものはカナール canardとも呼ばれ、p.90以下に取り上げてゐるが、しかしそこで「「カナール」という名前自体、一九世紀になって付けられた蔑称」(97ページ)とするのは疑義あり、平井隆太郎「噂の病態――「新聞の鴨」について」(平凡社『月刊百科』一九八二年二月號「特集 噂」)はドイツの新聞學者に據って十六世紀から見られる用法としてゐた。canard(鴨)の語源説も、宮下が紹介するものより平井が述べるグリムの辭書の説の方がドイツ語Zeitungsente(新聞アヒル=誤報、虚報)との對照も含めて説得力があるやうに見受けるがどうか。

目次 http://www.tousuishobou.com/sekaishinokagami/503-9.htm

書棚と平台―出版流通というメディア

弘文堂 / 2009-07-01刊 / ¥3,024
購入: 2010-11-23  /¥800
讀了: 2009-08-00 人文・思想

[投稿日] 2009-10-29

現代の書籍流通問題への提言としてより、歴史研究書として讀んでやりたい。文獻目録が充實。

 三版にて訂正八箇所とあとがきに補記あり。
「補記  本文中、開架・土間式書店で確認できた資料の時期を明治中期としたが、朝野文三郎『明治初年より二十年間 図書と雑誌』に、明治初期のこうした形式の店として、銀座三丁目の山政書店があげられている(同書六一頁)。
(二〇一〇年六月 著者記)」

目次 http://web.archive.org/web/www.koubundou.co.jp/books/pages/55128.html
http://www.koubundou.co.jp/book/b155860.html

http://web.archive.org/web/http://d.hatena.ne.jp/solar/20090812
http://web.archive.org/web/http://d.hatena.ne.jp/solar/20090924#p2

「訓読」論 東アジア漢文世界と日本語

[投稿日] 2009-10-29

成島柳北研究

ぺりかん社 / 2003-05刊 / ¥5,184
讀了: 2009-00-00 ノンフィクション

[投稿日] 2009-10-29

 從來の研究が「人物批評」や「作品批判」に留まってゐたので「実態」の解明を行ふと。その言や善し、手堅い歴史學的研究として評價せねばなるまい。が、讀んで面白いものではない。對象が面白くなければ仕方無い? しかし、實態とは、社會活動や政治的影響のことばかりでいいのだらうか。柳北の書くものも文飾を取っ拂って内容だけ忠實に拾ひ上げたら存外常識的で詰まらないが、それでは彼一流の奇文を讀んだことにはなるまい。同樣に、屈折拔きに平板化した敍述で事實を綴らうとした執筆姿勢に問題があるとしたら? 眞面目な研究者に求める方が無理にせよ。

検閲と文学--1920年代の攻防 (河出ブックス)

河出書房新社 / 2009-10-09刊 / ¥1,296
 /¥0
讀了: 2009-00-00 ノンフィクション ★3箇

[投稿日] 2009-10-29

 大筋として「政治」性に關係づけてゆく論法はノンポリからすると強引さを感ぜざるを得ないが、細部の調べは髙島健一郎論文など以上によく突っ込んであるので、創見が拾へる。多分、これをもっと短縮して物語り化すると目も當てられなくなるだらうが、「はじめに」の問題意識や「あとがき」に記された高杉一郎への共感などによって、さういふ短慮の讀者が出ることは必定か。細部にこそ神は宿るのに……。歴史を取留め無い偶然の集散と見られずに意志や必然の働きを見たがってしまふ所で、難が出る。

読売雑譚集―明治十四年一月‐十七年十一月

ぺりかん社 / 2000-03刊 / ¥4,968
讀了: 2009-00-00 文学・評論

[投稿日] 2009-10-29

 それぁ別號調べも一往すべきことではあるが、どうして柳北執筆分に限定して抽出したがるのかなあ。雜誌や新聞のコラムは集合知の産物なんだから、雰圍氣を味はふためにも全部載っけて、柳北らしきものだけ註記しておけばいいんだよ。脱亞論は福澤諭吉の書いたものでないとかの、個人全集收録範圍を切り詰める議論と同根だね。それと、これまでの「反近代」的柳北觀を是正して啓蒙主義者の面を強調する山本芳明の解説は穩當なのだらうが、面白くない。いっそ木村毅みたいに柳北は常識的不平家で凡俗の市井人に過ぎないと言ひ切るのだったら、話が彈むのに。

目次 http://www.perikansha.co.jp/Search.cgi?mode=SHOW&code=1000000908