[投稿日] 2011-04-15
「特集 ミニコミの設計図」
佐藤健二「喜多川周之さんに聞いたこと」ほか
目次
http://web.archive.org/web/20120725181617/http://blog.lilmag.org/?eid=643515
http://www.lilmag.org/?pid=17706353
[投稿日] 2011-04-15
「特集 ミニコミの設計図」
佐藤健二「喜多川周之さんに聞いたこと」ほか
目次
http://web.archive.org/web/20120725181617/http://blog.lilmag.org/?eid=643515
http://www.lilmag.org/?pid=17706353
[投稿日] 2011-04-15
目次 http://d.hatena.ne.jp/chikuma/20090101/1249281189
[投稿日] 2011-04-15
目次 http://kenkyuyoroku.blog84.fc2.com/blog-entry-982.html
[投稿日] 2011-04-15
もっと遊びといふかユーモアが要る。木に縁りて魚を求めても仕方無いか?
目次 http://kenkyuyoroku.blog84.fc2.com/blog-entry-982.html
[投稿日] 2011-04-15
[投稿日] 2011-04-15
http://web.archive.org/web/*/http://www.bensey.co.jp/book/1032.html
目次 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2224597
[投稿日] 2011-04-15
小島毅編「宋代知識人の諸相」。これを改編したのが、伊原弘・小島毅編『知識人の諸相 中国宋代を基点として』(二〇〇一年)
Cf. http://honto.jp/netstore/pd-worklist_0602020823.html
http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=4026
目次 http://web.archive.org/web/20071020090151/http://www.bensey.co.jp/book/30.html
[投稿日] 2011-04-07
[投稿日] 2011-04-03
[投稿日] 2011-04-03
一往調べて書いてゐるが、どうも讀み込めてない突っ込み不足の部分が目に着く。それなら自分に不向きな論爭は放って置いて、「現代文学論争」などと題した大掛かりな總覽の構へは止め、關心事である主題を設定してそれに關聯する論爭のみ拾って綴って行った方が良かったらうと思ふ。
[投稿日] 2011-04-03
ああまた、吾が佛尊しの本かいな。まあそれでも客觀的に述べてゐる方だが。
[投稿日] 2011-04-03
文章が良くない。輕薄體としても、だ。
[投稿日] 2011-03-27
安達大輔評 http://hdl.handle.net/2261/43080
博論要旨 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/postgraduate/database/2008/609.html
[投稿日] 2011-03-27
函・本體含め中扉のみに「〈江戸期庶民文学と艶本〉」と副題、實際「物語文学と咄本」等の章あって春本以外も扱ふ。貼り奧附に「昭和五拾弐年拾月弐拾五日発行」とあるが初版「昭和四拾四年参月拾五日発行」が正しく、この僞裝に合せて「まえがき」末の「一九六九年三月」と記した行を削り消した痕跡を殘してゐる。その後も發行年月を詐稱した版があるか。改題新裝『江戸時代 好色文芸本事典』一九八八年刊。
http://www.geocities.co.jp/Bookend/6562/sex/nyumon.html
[投稿日] 2011-03-27
目次 http://plaza.taishukan.co.jp/shop/Product/Detail/20109
[投稿日] 2011-03-27
神話論的發想から語る松田修が馬鹿に見えてしまふ、大咄のやうで。橋川文三は呼ばれた意味が餘り無い。野口武彦が基調報告の「変革期の儒者・文人像」の章が、芳賀徹・富士川英郎とも噛み合ってゐるし、一番興味を惹く。前田愛の『幕末・維新期の文学』も再讀しよう。
[投稿日] 2011-03-27
あとで、マルク・ブロック『比較史の方法』と對照しながら再讀すること。特に地理學的比較と蓋然性の問題の二點。
[投稿日] 2011-03-26
[投稿日] 2011-03-26
[投稿日] 2011-03-26
身贔屓にならず學者としての難點を批評してある部分もあるのが、讀みどころ。
「このころ[敗戰後]はとっくに進歩はとまっていた。一体父の書いたもので、学界の先端を行っていたものはいつごろまでのものかというと、昭和六年の『ユーカラの研究』、昭和十三年の『新訂国語音韻論』あたりまでで」……(p.149)。生前にあった知里眞志保や小林英夫からの批判も見るべきだらう。
「思うに父の頭の中には、[……]絶対に疑ってはならない神聖な信条が幾つかあったようである。[……]/それらは、強い感情の裏付けをもっていたので、言葉に表すときには、激しい語調を伴った。感情が裏付けになっているだけに、冷静にすきをつかれて反論されると、たわいなかった。[……]福田恆存氏とやりあって衆目を集めた仮名遣い論争の時など、その例である」(p.29)。「父は、日ごろ自分の好きなものはイコールよいもので、自分の希望することはイコール正しいことだという哲学をもっていた。[……]/学問の上でもこの行き方が現れることがあって、敬語は美しい、と考えることから、敬語のあることは日本語の長所であると判断する類である。こういうことは文学研究には、かならずしも邪魔にならないとしても、言語学の研究には大分有害だったと思われる。父が言語学者として、とにかく一流の人になれたというのには、友人に、橋本進吉博士のような、純粋に客観的に物を見ることができる、理性的な学者がいて、その風に親炙したおかげだと思う」(p.69)。