ストイックなコメディアンたち―フローベール、ジョイス、ベケット (転換期を読む)

未来社 / 1998-11刊 / ¥2,052
 /¥0
讀了:  文学・評論

[投稿日] 2009-10-29

 表題からは判りにくいが、マーシャル・マクルーハンの弟子がウォルター・オングに獻げた小著。つまり文學論としてよりも、『グーテンベルグの銀河系』『声の文化と文字の文化』と共に讀まるべき本。メディア論的な精神史とでも言はうか、活字印刷が人間の思考や思想のあり方をどう變へたかがこの本の基底にある關心で、特に第二章のジェームズ・ジョイス論に組み入れられたといふ「書物としての書物」の論が刺戟的だった。活字人間たることを自任する者にとっては、我が事として思ひ當る評言が隨所に見られて、そこが面白い。
 拙文「註(についての註)」に引いた。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/notes/comment.htm

目次 http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624934224

マックス・ウェーバーにおける歴史科学の展開

ミネルヴァ書房 / 2007-07刊 / ¥5,400
讀了:  社会・政治 ★4箇

[投稿日] 2009-10-29

 歴史主義を問題にしたウェーバー自身に歴史主義的考察を適用することによってウェーバー思想の變化(つまりそれも歴史だ)を捉へてゐて、狙ひ所はいい。平明な文章も好感が持てる。ウェーバー屋さんに留まらずに、史的認識論や歴史學方法論に寄與してくれることを期待したい。
 『マックス・ウェーバー 普遍史と歴史社会学』も見ること。
 http://www.sociallibrary.jp/entry/4872622251/

目次 http://www.minervashobo.co.jp/book/b49453.html

月瀬幻影―近代日本風景批評史 (中公叢書)

中央公論新社 / 2002-03-01刊 / - /
 /¥0
讀了:  文学・評論

[投稿日] 2009-10-29

 近世文人の風景批評が主題だが、裏テーマは歴史的に見た學問論・知識人論でもある。 
 學問(といふか學藝)論の一節――「学問が、同じことだが知識と言葉が、歴史的に眺めて、この社会で初めてそれ自体の価値と力量とを自覚して学に本来的な自律性の原理に生きることを開始した。[……]/といって、このことがただちに学問が実際の政治ないしは行政に用いられたことを意味するととるのは早計にすぎる。そもそも知識と言葉が、それがほんもの[四字傍點]であるならば、いわゆる実際社会において、政治や経済や軍事の領域で有効であるなどという保証はどこにもありはしないのである。たとえば、国家有用の学問というのは明白な形容矛盾にほかならず、事実は国家に有用であるとき、その学問は無邪気にも堕落している、つまり学ではない。無用性こそほんものの学の名誉の印なのだといっていい。」(p.377)
 ついでに、讀書論・教養論の一節も。特に前半――「けだし教養とは自分一個の精神の成長に資するもの、清風[=十聲樓主人]のばあいには、町なかの雑音かしましい熱鬧に暮らしながら、その卑俗をきらって拒絶するのではなく、読書によって形成された生を間接化する力――生にたいしては本質的に暗示引用[アリュージョン、引喩]にほかならない読書から得られた知によって、卑俗も含めた生の直接性を捨象して、生全体を抽象化し観念化することによって、反転して生と世界とを全称的に肯定することのできる穆如たる心の作動――によって、喧騒と静寂また卑俗と風雅の即事的な差異を撥無して、世界の中に確固たる生の位置を占めうるまでに彼の精神を育てるものであるからである。」(p.247)