書き文字から印刷文字へ―活字書体の源流をたどる (女子美術大学図書館講義録 書物を構成するもの)

女子美術大学 / 2008-03-01刊 / ¥2,592
ウィッシュ 社会・政治

[投稿日] 2009-10-30

目次 http://www.editor.co.jp/press/ISBN/ISBN978-4-88888-834-9.htm

成島柳北研究

ぺりかん社 / 2003-05刊 / ¥5,184
讀了: 2009-00-00 ノンフィクション

[投稿日] 2009-10-29

 從來の研究が「人物批評」や「作品批判」に留まってゐたので「実態」の解明を行ふと。その言や善し、手堅い歴史學的研究として評價せねばなるまい。が、讀んで面白いものではない。對象が面白くなければ仕方無い? しかし、實態とは、社會活動や政治的影響のことばかりでいいのだらうか。柳北の書くものも文飾を取っ拂って内容だけ忠實に拾ひ上げたら存外常識的で詰まらないが、それでは彼一流の奇文を讀んだことにはなるまい。同樣に、屈折拔きに平板化した敍述で事實を綴らうとした執筆姿勢に問題があるとしたら? 眞面目な研究者に求める方が無理にせよ。

検閲と文学--1920年代の攻防 (河出ブックス)

河出書房新社 / 2009-10-09刊 / ¥1,296
 /¥0
讀了: 2009-00-00 ノンフィクション ★3箇

[投稿日] 2009-10-29

 大筋として「政治」性に關係づけてゆく論法はノンポリからすると強引さを感ぜざるを得ないが、細部の調べは髙島健一郎論文など以上によく突っ込んであるので、創見が拾へる。多分、これをもっと短縮して物語り化すると目も當てられなくなるだらうが、「はじめに」の問題意識や「あとがき」に記された高杉一郎への共感などによって、さういふ短慮の讀者が出ることは必定か。細部にこそ神は宿るのに……。歴史を取留め無い偶然の集散と見られずに意志や必然の働きを見たがってしまふ所で、難が出る。

読売雑譚集―明治十四年一月‐十七年十一月

ぺりかん社 / 2000-03刊 / ¥4,968
讀了: 2009-00-00 文学・評論

[投稿日] 2009-10-29

 それぁ別號調べも一往すべきことではあるが、どうして柳北執筆分に限定して抽出したがるのかなあ。雜誌や新聞のコラムは集合知の産物なんだから、雰圍氣を味はふためにも全部載っけて、柳北らしきものだけ註記しておけばいいんだよ。脱亞論は福澤諭吉の書いたものでないとかの、個人全集收録範圍を切り詰める議論と同根だね。それと、これまでの「反近代」的柳北觀を是正して啓蒙主義者の面を強調する山本芳明の解説は穩當なのだらうが、面白くない。いっそ木村毅みたいに柳北は常識的不平家で凡俗の市井人に過ぎないと言ひ切るのだったら、話が彈むのに。

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